大正活映撮影所跡碑
元町公園の中にある、大正活映撮影所跡碑。

元町公園の中の石段を元町の方向に下ると元町プールに出ます。
プールの前の小公園は、かつて大正活映撮影所があったところ。
大正活映は浅野総一郎氏の子息、良三氏が創立した映画会社です。
当時としては初めて映画界に財界の資本が投入されたこと、ハリウッドで修業した栗原トーマスを監督に招へいしたこと。
さらに、新進作家であった谷崎潤一郎を脚本顧問に迎えるなど、画期的な映画製作を試みました。
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元町公園の中にある、大正活映撮影所跡碑。

元町公園の中の石段を元町の方向に下ると元町プールに出ます。
プールの前の小公園は、かつて大正活映撮影所があったところ。
大正活映は浅野総一郎氏の子息、良三氏が創立した映画会社です。
当時としては初めて映画界に財界の資本が投入されたこと、ハリウッドで修業した栗原トーマスを監督に招へいしたこと。
さらに、新進作家であった谷崎潤一郎を脚本顧問に迎えるなど、画期的な映画製作を試みました。
この撮影所には、脚本の谷崎を慕って多くの青年が集まりました。
そのの中には、後年映画界で名を成した、監督の内田吐夢がいました。

ほかにも二川文太郎、井上金太郎や大スターの岡田時彦、江川宇礼雄なども。
撮影所は大正12年、わずか3年で閉鎖されましたが、日本の映画界に新風を吹き込み、その後の映画発展のきっかけになっています。