嫁たちの解放運動 4
その後に続く高度経済成長政策は、村の様相を大きく変えてゆくわけです。
その中に出稼ぎ問題があります。
私が出稼ぎ問題に取り組むようになった動機は2つあります。
一つは、公民館長をやっていたときに嫁さんたちの会合による部落座談会に出席しました。
そのときの話ですが、東京に出稼ぎに行った若い人が事故に会って死んで帰る。
事故死したその人に会社から送られた香典はたった5千円だったんです。
遺体も全部こちらの費用で迎えに行き、一際の費用は自己負担であった。
一人の若者が事故死したのにこれでいいだろうかという話があった。
雇用側の責任は何もないものでしょうか、そんな意味の訴えを聞きました。
また、母ちゃんたちの話では、郵便配達が来る時間になると落ち着いて仕事ができない、父ちゃんから何か便りがないかと玄関の前に立っている、と。
電話のないそのころ、郵便を待つ母ちゃんたちの心配する気持ちがよくわかる。
夜になると眠れない。
柱時計が12時を打つまで眠れないという淋しい話が伝えられた。
それで、私は出稼ぎとは一体何だろうか調べてみたい、という気持ちがおきてきたわけです。