ユニオン・パシフィック 3
一般にいわれているほど移民であったり、貧民であったりしたわけではなかったということはいえるでしょう。
しかし、それにしても、アメリカ人は一般にこうしたセルフ・メイド・マンのタイプが好きであり、少年時から彼らを心の中に鑑として描き続けていたのです。
当時新聞ばかりでなく、19世紀の終わりごろになると大衆雑誌が続々と発刊されました。
そのなかでもフランク・マンシーの『マンシーズ』や『アーゴシー』は有名でした。
『アーゴシー』は1882年に発行され、とくに『マンシーズ』は1893年に25セントから10セントに値下げして一躍世界第一の大衆誌となりました。
この2誌に連載して大当たりをとったのが、『バイオリンのフィル』とか『ぼろのディック』とか『マッチ売りのマーク』といった、ホレイシオ・アルジャーの立身出世物語でした。
アルジャーはこうした類の小説を100以上書きまくったのですが、これはのちに単行本になり、合わせて2億5000万部というベストセラーとなりました。