嫁たちの解放運動 2
猫の手も借りたい田植え期の農繁期に季節託児所ということで、お寺の本堂を借りて子供をみていました。
それを公民館が幼児学級というかたちで幼児を集めて今の保育所のようなことをして、それが町立保育所に発展していく。
それも、疲れる農繁期に嫁さんがゆっくり昼寝して休みたい、との訴えがキッカケとなって若い嫁さんたちが中心に盛り上がり、季節託児所から保育所設置に発展させていきました。
また、酒会社が酒粕の廃液を雄物川に流したため、川が汚れて夏に子供たちが水遊びができなくなり、小中学校では水泳禁止の校令を出したことがありました。
酒会社に公害だということでかけ合い、保障金を支払わせて学校にプールを作らせる。
これも成功するのは昭和3十年代で、嫁さんたちが中心となってやりました。
この嫁さんたちは、今50歳代の後半から60歳代半ばになる人たちですが、その後、村の民主化の中で村づくりのためにいろんな役割を果たすようになるわけです。
これは大したことないと言えばそれまででしょうが、昭和30年代における一地方の遅れた農村の中では大変な動きであったと言えます。